カウンセリングの相談現場から
―自分の『こころ』に向き合い、人や社会に向き合うにはー
新型コロナウイルスの緊急事態宣言解除で、6月からようやく仕事も学校も生活も、段階的に平常に戻ろうとしています。感染リスクに対して油断は禁物と戒めながらも、やっと一息の方もいらっしゃるかもしれません。
私は、産業と教育の両分野で、カウンセラーや講師として働いています。
その中で、相談の現状と変化を見つめながら、今感じている『こころ』への向き合い方について、述べさせていただこうと思います。
カウンセリングの現状=課題の先鋭化・顕在化
カウンセリング内容は、現在の社会環境を反映している場合が多く、その環境下で様々な困難を抱えた相談があります。コロナ禍における現在と将来への不安は大きく、子供から大人の全世代で、こころの状態に大きく影響しています。
産業
産業現場では、ハラスメントが今まで以上に大きな問題になっています。
6月にパワハラ防止法が施行されましたが、被害者と加害者対応や組織への働きかけも求められています。
人間関係と職務による適応障害やうつ病他多様な疾患も増加しています。コロナ交代勤務の残業増加が顕著な職場では、疲弊により心身状態が悪化していました。
メンタル疾患のある職員では、症状が憎悪し、主治医依頼でカウンセリングを再開するケースも発生しました。
女性職員の在宅勤務で休校中の子どもと仕事の両立が更に困難になり、親子両方へのメンタルキャリアサポートが必要な事例も生じています。
4月雇用統計では、休業者597万人 完全失業者178万人に達し過去最悪で、特に非正規職員の生活不安が大きい状態です。
グローバル化しコロナ感染が拡大する世界の情勢もあり、今後とも悪化傾向は続くものと思われます。
教育
教育現場では、更に深刻です。もともと子供や若者の状況は、社会の縮図的要素があります。
教育は、行政の影響も受けやすく、2月27日突然の全国一律休校要請による生徒のショックは大変大きいものでした。
教職員は困惑する保護者や生徒に全力対応し、休校中での自宅学習やオンライン授業にも注力していました。
その中での拙速な9月入学案は、受験生等の不安を更に増幅させ、検討は理解しつつも、学校現場への想像力を持ってほしいと残念に感じました。
教育現場の相談内容は、不登校・いじめ・自傷・DV家庭内暴力・虐待・摂食障害・ネットゲーム依存・経済的貧困・精神疾患 その他、ニュースを賑わす問題が、常時現場で発生し対応しています。自分が驚かなくなっている感覚もどうかなと思うほどです。
特に最近は、仕事も大學もオンラインで家族が皆在宅する影響で、家族間の不安や葛藤も大きく、両親の喧嘩不和が、子どもの情緒不安に影響しています。
家庭内暴力や虐待増加で児童相談所が動くケースや、パニックや対人恐怖等の不安障害、強迫性障害、自傷行為の悪化もあり目が離せない子供も多いのです。
発達特性のある生徒への環境への配慮もより必要です。3カ月におよぶ家庭でのひきこもり状態が、ゲーム依存や昼夜逆転など、睡眠食事の生活リズムや体力面も問題となっていました。
ようやく登校開始で、元気な笑顔の生徒にも会えましたが、長期休み後の不登校や、今までとは異なる学校生活や学習の不安も含めストレス増加が懸念されています。
こころの向き合い方の変化=カウンセリングを通してみる相談者・関係者の新たな変化
現状の大変な相談状況を述べてきましたが、その中で相談者の、こころと他者への向き合い方に新たな変化も感じます。
カウンセリングとは、自らの生き方を自ら選択するために、自分に向き合い理解し、現実社会で自立していく過程です。困難の渦中の方は、誰にも言えない不安・孤独・寂しさ・辛さ・理不尽さ・怒りを感じている方が多いように思います。
『人が信じられない』『居場所がない』『安心できない』『自分が嫌い』『私など居なくてよい』とよく言葉にされます。その方々が、こころを他者に相談すること自体、不安や大きな抵抗感があるのですが、新型コロナウィルス感染が拡大し始めた頃から、自ら相談に来られる方が、増加しています。
パンデミックの環境の激変は、大きなストレス状態であり、影響があるのがむしろ普通で、人として自然の反応でしょう。緊張の継続・自由が少ない息苦しさ、困っていない人のほうが少ないかもしれません。
皆特に自覚しなくとも、実際には疲れている人も多いように思います。
私自身もあまり困った意識はなかったのですが、最近「意外と疲れているかもしれないなあ」と感じています。コロナ前にはあまり考えなかったことです。
環境変化は自分自身に気付きと、一歩踏み出すエネルギーをもたらすのかもしれません。それは、生命体として緊急時に対応する、『生きる』人間の必然だとも感じます。
相談に来られた方や子供たちが、今まで以上に自ら主体的に語ることがとても印象的でした。
そして「なんとかしたい・・・」 と自分の言葉を紡ぎだすように、『間』をとりながら、語りだすのです。
自らを語ることが困難だった方が、自分のこころに向きあい『言葉』にし表現するのです。拒否していた病院受診を選択する生徒や、虐待する家族に気持ちを表明する子供、上司に対して初めて改善要望を言葉にした職員もいました。
相談される方を取り巻く、学校の教職員や企業人事関係者からの、カウンセリング体制に対する相談や提案も、最近は特に多くなりました。
私は、組織との連携強化をとても重視しています。主役は、相談者と家族・とりまく職員など関係者で、カウンセラーはその繋ぎ役です。高度な守秘を遵守し関係者間のベクトルをあわせ、相談者を支える環境整備が必要です。
このように、相談者、組織の担当者や教職員や管理職・家族双方の向き合い方が変わってきています。
それは人間一人ひとりの生き方、多様性を大切にする向き合い方です。
たとえ10代の未成年者であっても、軟な私とは比較にならない過酷な生育歴と経験をもつ、人生のつわもの達なのです。私は、相談される方の言葉を聴かせていただき、学びながらいつも、共に感じ、共に考え、共に居ることを心がけています。
自分の『こころ』に向き合う= 自らの『言葉』を紡ぎ、『間』を大切にして人や社会にむきあう
言葉
カウンセリングでは、『言葉』を大切にしています。自分の『こころ』と向き合うには、自分自身の言葉を大事にして、味わっていくことが必要です。
言葉は、同じ言葉でも、一人ひとり感じる意味合いや感情は異なります。
『言葉』はこころの表現で思考でもあります。自分の『こころ』とはなにか、自分とはなにか、何のために生きているのかは、永遠の課題かもしれません。どうぞお読みになっている皆様も、ご自身ならではの『言葉』を大事になさってください。
話したり書いたりにすることで、考えを深め、ご自身に向きあうことにもなります。どんな思いでその言葉で表現したのか、自分が口にした『言葉』は何気なくとも必然かもしれません。
新型コロナのため、他者との接触を避けなくてはいけない状態です。言葉はより一層影響力があります。ネットやメール上での言葉にも注意が必要です。
余裕がない現代だからこそ、自分の気持ちを味わい、自分の言葉で表現し、考えていくことをお勧めします。
自分ならではの『言葉を紡ぐ』ことで、思いがけない自分のこころの状態に驚くこともあるでしょう。また心が籠められた言葉は、人に伝わることも多いのです。どうぞあなたの大切な方に思いを載せて伝えてみてください。相手の『言葉』を大事に受け止めることで、信頼関係が深まります。聴いてくれる他者は意外と少ないのです。
だからこそカウンセラーが必要とされているのかもしれません。AIに変えられる未来もあるかもしれませんが・・・。
『自分でしか生きられない、自分の人生の物語を、自分の言葉で紡ぐ』ことは、一人ひとりが自分も他人も大事にして、生かし、生かされていくことにつながると考えています。
間
『間』とは、「あいだ」とも、「ま」とも読みます。距離であり、時間でもあり、場所でもあります。
人間は「ひと」と「ひと」との間、関係です。人間関係は人類が生きていくために必須だからこそ、悩みの大きな要因です。
自分と人(他者)との関係には、『間』その距離感が重要です。時間と場所の距離感、沈黙の意味する大きさ、一呼吸置く『間』、話芸での絶妙な『間』、何かする時ちょっと立ち止まってみる時間、自分に対して少し距離をもって眺めてみること、それがゆとりを生み、他者に想いを馳せることもできるかもしれません。
生きていくには、遊びも、ユーモアも、息抜きも、必要なのです。現実の、あなたの身の回りの人間・組織・社会がどう動いているのか、いまこそ、自分の立ち位置を見つめてみませんか。
身体的距離の保持が必要な今、モニターやオンライン、テレワーク、AIなどが、どんどん進化・拡大していきます。
その中だからこそ、現実社会での『こころ』と距離感『間』、自分自身が紡ぐ『言葉』はより重要になっていくと思われます。
『新しい生活様式』とは、専門的知見を参考にしつつも、自分の頭で考え、感覚を研ぎ澄まし、自分自身をも疑いながら、何を優先するか、変えるものと変えられないもの、自分らしい『暮らし』の日常、生き方の創造につなげたいものです。
自分の『こころ』に向き合い、人や社会に向き合うには、なにより『自分を生きる』ために、一歩一歩育んでいくことにあるのではないかと感じています。
最後に、最近新聞(朝日新聞 4/14)に掲載された『こころ』についての、絵本作家の五味太郎氏の言葉です。
『心っていう漢字、パラパラしてよいと思わない?(略)心は乱れて当たり前。
常に揺れ動いて変わる。不安定だからこそよく考える。
もっと言えば、不安とか不安定こそが生きてるってことじゃないかな。』
『今こそ、自分で考える頭と、敏感で時折きちんとサボれる体が必要だと思う。』
一般社団法人日本産業カウンセラー協会
シニア産業カウンセラー・公認心理師・臨床心理士・キャリアコンサルタント
加地 清美
上記と同じ内容をPDFにしています。周りの方への情報提供にご活用ください。
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